畑を耕すようにデザインの事を考えるデザイナーのためのマガジンPeeji(ペエジ)。

2018.8.27

NIKEのブランディング


もともとスポーツブランドというものにはあまり興味がなくて、NIKEのスニーカーを買ったのもNetflixでティカーハットフィールドというエアマックスやエアジョーダンを作ったシューデザイナーのプログラムが面白かったから、というレベルでした。

ただ、最初にエアマックスを買ってからというもの、オンラインストアでのショッピングから商品受け取りまでの体験や、原宿のラボでiDを作る体験を通じてNIKEのファンになっていき、そのブランド作りに俄然興味が湧いてきて、読んでみたのがこの本です。

スポーツ・ブランド―ナイキは私たちをどう変えたのか?

創業者フィルナイトが、オニヅカタイガーの輸入販売からスタートさせたナイキがどのようなフェーズを経て大ブランドに成長させたのかというのがこの本の肝ですが、主に3つぐらいのフェーズに分かれているように感じました。

1.スポーツ選手を使ったますマーケティング、マイケルジョーダンと芸術

1972年、ナイキのスウォッシュをつけた最初のナイキブランドシューズが生まれました。当時商品を売るということは「大量生産、大量販売、大量消費」のマスマーケティングが主流でしたが、フィルナイトはスティーブ・プリフォンテンというマラソンランナーにブランドロゴのついたスニーカーとウェアを着させる契約を結び、その彼が試合で目覚ましい活躍をなすことでスニーカーが飛ぶように売れるという、今では当たり前ですが当時としては画期的なマーケティングでの販売を始めます。さらに1985年にはマイケル・ジョーダンとの5年間のCM契約に300万ドルという当時としては法外な契約金を世論に批判されながら支払いますが、その後のジョーダンの活躍とシューズの売れ行きはご存知の通りです。
選手を見抜く確かな目と、何よりこれまでのマーケティングのやり方に真っ向から挑戦するような、反骨精神に溢れたナイキの特性を表す重要なフェーズだと思います。

2.CM

スポーツ選手の常人を超えた身体性を生かしたCMは他のスポーツメーカーでも、スポーツ以外の分野のCMでも見ることができますが、まさにそんなCMの礎を作ったのがナイキです。youtubeでも見ることができますが、ブラジルチームが空港を舞台にサッカーを楽しんでいるCMなど、ただスポーツをしているところを映し出すというわけではなく、空港という日常の場面の中にサッカーをしているプレイヤーを持ち込むことで、よりリアリティのあるスポーツの躍動感を演出し、特に画期的なのは身体性能を芸術性と結びつけ表現しているところです。

3.搾取企業からの脱却

2000年前後、ナイキがアジアにもつ生産拠点を搾取しているのではという批判がアメリカのマスメディアによってされました。その批判は商品の粗利の考え方の基準がずれ、製造原価や、販管費、広告費などがごっちゃになったガバガバなものでしたが、一般市民の感情を煽るには十分でした。一企業であるナイキがアジアの工場での労働者の労働環境を改善するというのは、非常に難しいしそれに着手する理由も少ないと思いますが、ナイキは国連の取り組みグローバルコンパクトを通じてその解決に取り組み始めました。

大きく3つのフェーズに沿ってナイキのブランド作りに触れましたが、様々なマーケティング戦略や卓越したCM作り、コンプライアンスへの取り組みなどは、ナイキが持っている常に野心的で革新的なものを追い求める企業文化があるから生まれるのだと思います。
強いブランドを作るには、強力な企業文化無くしては成し得ないと改めて感じさせられたナイキのブランド作りでした。

スポーツ・ブランド―ナイキは私たちをどう変えたのか?


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